こういう時間がずっと続いたら良いな。
決してそんなこと言ってる状況なんかじゃない。でも口から零れたのは偽りのない本心だった。
滅多にない、千空と一緒に過ごせる夜だったから。本当にそれだけだ。でも彼にはそう伝わらなかったかもしれない。
造船に使う機械がなかなか思うように作れず連日眉間にシワを寄せっぱなしの千空に、それじゃあ困んだろと一蹴されてしまった。
千空はずっと造船のことを考えてる。だから私の何気ない言葉もそっちに引っ張られて受け止められたんだろう。
仕事熱心なのは良いことだ。だってそうでなければ私たちはここまで来ることなんかできなかった。
寝る前の、二人だけの間に流れる時間が好きという話のつもりだったけど。そもそも、今夜ここに居させてもらってるのも私のワガママみたいなものだ。
「おやすみ」
ちょっとくらいお喋りしたかったな。これじゃ一人で寝るのとほとんど変わりがない。
依然座り込んだままの千空に背を向けて、布団にくるまった。
一晩寝りゃケロッとしてんのがテメーの良いとこだって千空も言ってたし。
「あ?何さっさと寝ようとしてんだ」
無視した。
話がしたくても、今の私じゃロクな言葉が出てこない。
長いため息と、布が擦れる音。千空が私のすぐ隣へ横になる気配がした。
明日になったらちゃんと謝ろう。忙しいのに押し掛けてごめん、折角時間取ってくれたのに無駄にしてごめんって。
それなのに。目を固く閉じてどうにか眠ろうとしているのに、さっきから背中をツンツンとつつかれているのが気になって仕方ない。
「名前起きてんだろコラ」
「…………オキテナイヨ」
「バッチリ起きてんじゃねえか」
軽くつつかれて、かと思えば背筋をなぞられたり。くすぐったくて今にも吹き出してしまいそうだ。
ダメだダメだ。頭の中が船でいっぱいの千空のことはほっといて、今日は寝るんだ。それで、今の山場を越えたらまた考える。だからそのツンツンを今すぐやめて欲しい。
「あーーくすぐったいよもう!」
しかし限界は呆気なく訪れて、背中を守るために千空の方を向くしかなくなった。
今更構ってくれたって遅いんだから!そう言おうと思ったのに、安い挑発にまんまと乗ってしまった私を見て千空は満足げな笑みを浮かべている。そんな顔をされたら私はもう何も言えなくなってしまうじゃないか。
布団で顔を隠そうと潜る前に、彼の手が伸びてくる。私の行動なんかお見通しというわけだ。
「で、なんでふて腐れてんだ」
「知らない。自分で考えれば」
ああもう、本当に全然可愛くない。最悪だ。
前髪をかき分けられて額が外気に晒される。額にはちょっとコンプレックスがある。あまりまじまじと見られたくはない。
「つか布団一人占めしてんじゃねーよ腹が冷えんだろうが」
「千空の分あるじゃん普通に」
「そこは察しろバカ」
バカじゃないし。というかもとはと言えば千空が構ってくれないからだし。
これ以上可愛くなくなるのは嫌だったから、言うのは我慢した。
くるまっていた布団の端を出すと、千空はそこを捲って入り込んで来た。狭い。けど、あったかい。
千空、私やっぱりこういう時間が好きだよ。いくら頑張っても行き詰まる瞬間はどうしてもあって、でもそんな時でもみんなで励まし合ったり時には何にも考えないで気分転換したり、ゆっくり休んだり。
そういう時間を何度も経て、一歩ずつ進みながら生きていけたら良い。
「……わるかったよ」
「え、千空が謝るとか明日は雪降るね」
「テメーは人を何だと思ってやがんだ」
千空は、それから今は夏だと丁寧にツッコミまでくれた。少し構ってもらえただけであっという間に機嫌が直ってしまう私はなんて単純なんだろう。
もうお話しする時間はあまりないけど、こんなにくっついて眠れるならお釣りが来るというものだ。
「あんまくっつくな」
「暑い?」
「ったく……根本的に分かってねえな」
「ふーん。……私、千空になら何されても大丈夫だけど」
「テメ、それ以上はやめろマジで」
明日は本当に雪かもしれない。
2021.7.6
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